長男は重度の自閉症スペクトラム症です。
長男の発達に関して1歳を過ぎたころから、違和感を感じ始めるようになりました。
詳しい記事についてはコチラ▼
私は離婚するまで、ほぼワンオペで長男と次男を育てていました。
元夫は、不規則な勤務で、休みがあっても、長男の子育てに協力的ではありませんでした。
この記事では、私がワンオペで育児をしてきて、感じたこと、支援を受けるまでについて紹介しています。
発達に遅れのある子供を育てる上での日々大変なことは?
1歳ごろから現在(6歳)までに感じる自閉症児育児の大変さについて、「身体面」と「精神面」に分けて考えてみました。
大変なこと(身体面)
買い物に行くことへのハードル
感覚過敏で、スーパーやショッピングモールの音や光が苦手な長男。
それでもワンオペだと連れて行かないといけない時があります。
さらに、一緒に行くと、「どこかへ走り出してしまうこと」や「急に歩かなくなること」があり、気軽に買い物に行くことができません。
今はまだカートに乗ることができますが、今後は難しくなるでしょう。
排泄の失敗
長男は4歳ごろから排泄した便を触るようになりました。
触ったらダメと何度注意しても、「汚い」ということを認識できないので、同じことを繰り返してしまいます。
ウンチで汚れた場所を場所を探したり、服を洗濯したり、長男の身体をお風呂で洗うなど…
汚れたことへの精神的ダメージも大きいですが、早く掃除にしないとまた触ってしまう、
スピード感が必要になるので、とても疲れます。
夜間覚醒への対応
睡眠障害がある場合、夜起きてしまったり、なかなか寝てくれないことがほとんどで、介護者である私も起きなくてはならないことが多いです。
薬を服用しだして落ち着きましたが、本人だけでなく私自身もとても寝不足になり、体の不調が続きます。
常に目が離せないので、自分の「居場所」や「行動」を制限されることが多いです。
大変なこと(精神的)
何度も同じ要求をする
一度気にいったことは、何度も「やって」と要求してきたり、「ほしい」とアピールしてきます。
例えば、同じ歌を何度も歌って!とか、同じお菓子を食べたい!など。
余裕や時間がない時にそれを何度も何度もされると、こちらも応えることへのストレスを感じます。
断ると癇癪に繋がることもあります。
気持ちを理解できないことが多い
親が注意しても「笑っている」ことが多いです。
どれだけ注意しても、笑っている姿を見ると、「私の気持ちも伝わらないし、あなたの気持ちも伝わらない」という現実を実感します。
静かにしてほしいところで静かにできない
夜寝るときなど、静かにしてほしいのに大きな声を出してしまうことがあります。
夜中だと大きな声で次男も起きてしまいます。
スーパーなど外でも突然大きな声を出したりするので、周りの視線も気になります。
「行動や奇声で周囲に迷惑をかけてしまうのではないか?」とずっと気を張っています。
体調不良を伝えられず、突然発熱や体調不良、ケガが発覚する
長男が3歳の時はちょうどコロナ過でした。
体調不良で登園できなくなることが多く、コロナの疑いがある限り両親にも頼ることができませんでした。
また、どこが痛いのかわからないので、医師に的確に伝えることができません。
私の気持ちが伝わらない、長男の気持ちを理解することができないことによる心理的負担があります。
支援サービス
ズバリ「ワンオペで障害児育児は無理」です。
そこで、私がSOSを発し、関係者たちで現状を話し合い、私(親)に対する支援を受けることになりました。
支援が決まるまでの流れなどについてご紹介します!
支援が決まるまでの流れ
今まで挙げてきたような困りごとが積み重なり、私は「自閉症育児、私にワンオペは無理だ!」とはっきり思いました。
そこで、療育園へ「とても辛い」ということを伝えました。
寝不足が続く中で長男の世話をしていると、長男のことをかわいく思えません。
辛いです。
これは、お母さんの限界のサインです。お母さんが休まないといけません。これはちゃんと考えましょう!
相談後、療育園の先生は、相談支援事業者に連絡をしてくださいました。
後日、相談支援事業者から連絡があり、「現在の状況」と「私がどうしたいか?」という要望を電話で聞かれました。
ちなみに、当時の私は以下のような状況でした。
- 仕事は育休中(3か月後復職)
- 長男は3歳(年少)。平日(9:00-15:00)に療育園に通う
- 次男は生後6か月
- 休日はワンオペ(たまに両親が長男を公園に遊びに連れて行ってくれる)
私の希望は一つだけでした。
何も考えなくていい、休日にまとまった一人の時間がほしいです・・・
そこで、「長男を土曜日にみてもらえるところ」と「次男の預け先」を検討することになりました。
後日、「相談支援事業者の担当者2名」と「療育園の先生」、「市役所の担当者」、「保健師」で集まり、話し合うことになりました。
相談支援事業者の担当者から伝えられたことは以下の通りです。
(当時住んでいた場所から)土曜日に日中一時支援を使えるところは1か所しかない。
しかも、家から1時間の距離のところで、土曜日の利用者は高校生しかいない。
そこで、保育園の「預かり保育」を利用してみてはどうでしょうか?
現実的な方法として、保育園の「預かり保育」の提案を受けました。
長男は、保育園に通っていた時期もあり、一度通ったことがある場所であれば、環境が変わるのが苦手な長男でも安心できそう。
遠方にある日中一時支援に通うより、馴染みのある園に通った方がいいと考え、保育園の預かり保育を利用することにしました。
次男の預け先としては、育休復帰後に通う予定である保育園の預かり保育を利用することになりました。(慣らし保育にもなる)
長男の預かり保育と同じ保育園なので、親の送迎負担もありません。
SOSを出したことで決まった支援内容
- 長男次男ともに、土曜日に保育園の預かり保育を利用する
- まずは、現在の介護負担を減らし、まとまったリフレッシュの時間をつくる
しかし、不安も残りました。
- 負担となっていた「長男の体調不良時の預け先」は確保できない。
- 偏食な長男は、保育園の給食を食べることができない
→1日預かり保育を利用することはできない
保育園のルールで、食事の持ち込みは禁止されていたので、長男は、午前中の3時間のみの預かり保育となりました。
支援を受けた後
午前中だけでも1人の時間を確保でき、買い物に行ったり、家でくつろいだり、リフレッシュすることができました。
長男は、預かり保育を半年続け、年中からはそのまま保育園に入園し、療育園との並行通園を始めました。
長男次男ともに、土曜日も毎週通いました。(長男は午前中のみ)
超絶偏食な長男も、たまに給食を味見することもあったようで、色々な食材に触れる機会にもなったと思います。
「助けてほしい」「辛い」と素直に伝えることで、状況や環境に合った最善策を提案してもらえることを知るきっかけになりました!
まとめ
介護に疲れ、身体的精神的に限界寸前になっていたころ、「私以外に長男を見てくれる人なんていない」という焦りからどんどん追い詰められていってました。
祖父母が親身になって、私や長男を支えてくれていましたが、それでも、親である私がすべてやらないといけない、という思いが強かったのです。
周りの人たちができていることに対して、「弱音を吐いたらいけない。吐いたところでどうにもならない」という気持ちもありました。
私の場合は、「療育園とつながっていたこと」「信頼できる先生がいたこと」で、この暗闇から少しずつ抜けて行くことができました。
今思うと、「私しか長男をみることができない」という状況は、長男が将来たくさんの人に支えられながら生きていかないといけないにも関わらず、危険な考え方だったと思っています。
家族だけでなく、たくさんの支援者と関わりながら生きていくことは、長男にとってとても重要です。
使える支援制度は利用して、長男の特性や生活環境について、支援者に伝えていくことで、長男の理解者を増やしていくことは、長男の生きやすい社会を作っていくことに繋がると感じるようになりました。
正解がなく、どうしたらいいかわからないことも多い障害児子育て。
自分だけじゃない。みんな戦っているからこそ1人にならずに周りの力を借りていってほしいと思います。